民主主義とペンライト 社会運動に必要な光
こちらに記事はRUDENEWSからの転載です。
サナ鬱からの戦争の始まりで鬱々とする中、
少しでも明るい要素を見つめていこうということで、
日本のプロテスト(デモ・抗議現場)でも広がり始めたペンライトの有効性について、
社会運動を取材して10年の筆者が解説します。
歴史
韓国の市民集会では長く「ろうそく」が平和的抗議の象徴として使われてきた歴史があります。被害者の追悼や、市民の意思を表す光として定着し、2016の朴槿恵退陣運動では数百万人規模のロウソクデモへと発展しました。
2016年11月、この大規模ロウソクデモを見て、与党の金鎮台(キム・ジンテ)議員が「ロウソクの火は風が吹けば消える」と発言しました。
「市民の抗議は一時的なものに過ぎない」という嘲笑が込められていました。
しかしこの発言は大きな反発を招き、逆に市民の結束を強めました。
人々は「消えない市民の意思」を示す象徴として、より明るく安全で持続的な光を掲げ始めました。
LEDろうそくやペンライトが広がり、夜の広場は無数の光で満たされました。
結果、このデモは最大で230万人を集結させ、朴槿恵大統領を退陣へ追い込んだのでした。

その後、コロナ禍を経て2024年の尹大統領への弾劾訴デモの頃には
ペンライトが主流になっていったようです。
ペンライトの光は、ろうそくの厳粛な象徴性を継承しながら、
風では消えない市民の意思と連帯を可視化する、新しい象徴となりました。

2019年の香港民主化プロテストでも無数の光を見ることができました。
この当時はスマホの光が主流でした。
写真=香港・中環

当時の香港ではレーザーポインターを使ったプロテストが強烈なインパクトを与えていましたが、後に香港政府はレーザーポインターを規制し、持っているだけで逮捕されるようになりました。写真=香港・尖沙咀

2020年、米国のBLMプロテスト現場でも、警官に殺害された市民の追悼のために多くのロウソクが使われていました。
写真=米国・フィラデルフィア
日本への波及
韓国民主化運動の象徴的イメージとして国際的に共有された「光の抗議」は、
日本の市民運動にも影響を与えはじめました。
主に世界の潮流に敏感な女性たちの手で日本の抗議現場にも持ち込まれた印象です。

2023年の時点で、すでに首相官邸前の抗議集会にペンライトがありました。

2024年のウィメンズ・マーチにもペンライトの輝きはありました。
しかしこのペンライトを使ったプロテストは、
「抗議運動は真面目でなければならない。楽しんではいけない」という
オールド左翼おじさん的価値観によって、
常々批判の対象にされてきたように思います。
そして2026年
2026年2月、
衆院選での高市自民党の圧倒的勝利を受け、これに危機感を覚える市民たちが多くのペンライトを持って官邸前に駆けつけました。
#ペンライト勢 や #ペンラ勢 として話題を呼んでいます。
これはこの数年で、音楽のライブやKPOPアイドルの「推し活」におけるペンライト文化が幅広い世代に浸透しており、光を掲げて連帯を可視化する感覚がすでに根付いていた結果だと感じられます。
その「光」は、ファシズム的な世相の閉塞感を打ち破る「希望」として、
また、旧来型の抗議運動をアップデートする視覚的なインパクトとして、
プロテストとあらゆる世代を接続する重要な「象徴」になりつつあります。
批判
こうした背景を踏まえれば、
一部からある「アイドルカルチャーやオタク文化を尊重していない」
という批判は見当外れなものだとわかります。
まして特定のアイドルのグッズである「縛り」はすでにないのです。
現場では、100円均一や300円均一など、特定のミュージシャンやアイドルと無縁なものも多く掲げられています。
また、戦争への参加や、改憲、国家のファシズム的規制が厳しくなれば、
アイドルへの「推し活」などのオタク文化がまず、奪われていくのは明白なわけですから、
個人の自由や権利の象徴、そして平和な社会の象徴として、
このペンライトが掲げられることには、むしろ説得力さえ感じられます。
ペンライトがデモ参加者の心理に及ぼす主な効果
1. 心理的安全性と参加のハードルを下げる光
LEDの光は無害で脅威性が低く、恐怖や緊張といったストレスを遠ざけ、
心理的安全性を高める効果があります。
また暗い場所を照らすという物理的効果もあり、暴力の介入を抑制する自衛の側面も持っています。
その結果、初参加者、若者、女性などが参加しやすい環境が生まれます。
光が、抗議の場をより安全で開かれた空間へと変えていきます。
もちろんペンライトには純粋に楽しいという要素もあります。
光が増えることで場に賑やかさが生まれ、参加の心理的ハードルが下がります。
また、声を出さなくても光を振るだけで意思表示ができるため、
「まず参加してみる」という一歩を踏み出しやすくする効果もあるでしょう。
2. 連帯の可視化と「ひとりじゃない」という感覚
暗い場所では、光が増えるほど「こんなに人がいるんだ」という実感が生まれます。
それは、自分たちが孤独ではないという安心感や社会的承認(Social Recognition)につながり、自己肯定感を高めます。
さらに、同じタイミングで光を掲げる行動は、
心理学でいう行動同期(behavioral synchrony)を生みます。
人は同じ動きをすると、自然と一体感や信頼感が高まることが知られています。
つまり、ペンライトの光は参加者同士の結束を直感的に強める効果を発揮します。
個々の光が集まり「光の海」を形成することで、
「ひとりじゃない」と孤立感が減る
「自分たちは力を持っている」と感じ意思が継続しやすい。
噛み砕いて言うと、デモ参加者の肯定感や満足感が高まり、
リピーターが増えるということです。
3. 非暴力と多様性を示す象徴
光は希望や温かさの象徴であり、祝祭的な雰囲気を生み出します。
それは対立的な空間を、連帯や共同体の空気へと変える力を持っています。
また、無害な光を掲げる行為そのものが非暴力の社会的シグナルになります。
さらに、ペンライトの多様な色は、単一の色や価値観に収斂しがちなファシズム的世界観とは対照的に、多様性を象徴する視覚表現でもあります。
この柔らかい象徴性は、女性やファミリー層の参加を促し、
政治参加のイメージそのものを更新していきます。
まとめ
もうひとつ重要なのは、その光景が非常に視覚的で、メディアからも撮影されやすいという点です。夜の広場に広がる無数の光は、写真や映像としても強い印象を残し、市民の意思や連帯の姿を社会に伝える力を持っています。
こうした意味でペンライトは、単なる演出を越えて、
安全性・連帯・可視性を同時に生み出すツールとして、
現代の社会運動における新しい表現になりつつあります。
「対立ではなく包摂への光が灯る」
これは対立と分断の結果、ファシズム化する日本の闇を照らす光と言えます。
光を掲げるプロテストは、これからの市民運動の新たな潮流になっていくことでしょう。

写真=香港・尖沙咀 2019
ファシズムはこの光の抗議さえ禁止しました。
ちなみに僕の「推し」はBLACKPINKのロゼです。
ロゼの歌を聴いている時は戦争のことも少しだけ忘れられます。
「推し」という存在はありがたいです。
猪股東吾
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